「あーだ、こーだ」言われたら「ふーん、へーぇ」と返すべし

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くろやぎ
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僕の友達のM君

僕の友達のM君の話です。
彼は大学のあるサークルに所属しています。
最近、そのサークルでなんか嫌なことがあったらしく、かなり落ち込んでいました。
その理由を聞くと、次のように答えました。
「僕の一つの行動を見ただけで人格を否定されて…」
何か変な噂を立てられ、実際とは違うレッテルを貼られてしまったそうです。

真実よりも思い込み

彼に反論するのは心が痛みますが(この記事を読んでいたらごめんなさい)、でも真実であることよりも人が信じていることの方がより真実に近いと思います(逆説的でわかりづらい表現ですが)。
言い換えると、人は「物事がどうであるか」ということよりも、自分自身が「その物事に対してどのように感じ、それを信じているか」の方を重要視するのではないかということです。

例えば、好きな人がする行動に対しては何も思わないのに、嫌いな人がそれと同じような行動をするのは気に障るという人は少なくないはずです。
「同じ行動」という客観的事実は変わらないのに、「何も思わない」「気に障る」という異なる印象を持つのです。

もう少し一般性を持たせた例を挙げるなら、風評被害。
一番記憶に新しく、かつ人々に影響を与えたもので言えば福島第一原発のものでしょう。
事故後の農作物には厳重な検査が課されており、その基準を満たさなければ商品として流通させることができない。
だから普通に他の米と同様に摂取しても人体に影響は出ない。
ですが、風評被害により福島の農産物に対しては不買の傾向があったのは事実です。
つまり「基準値を下回っている」という科学的事実よりも「福島のものだからなんか危なそう」というイメージで人は動いていたのです。

では客観的事実が全く意味を持たないかと言われればそうではないです。
なぜなら、客観的事実は人の信じることに影響を与え得るからです。
というよりも、人は客観的事実であろうと思われることを判断材料にして物事の判断をする場合がほとんどだからです。
「この商品は顧客満足度○○%だから買おう」といった具合に。
要するに、人は客観的に正しそうなこと、自分の信じていることでしか判断することができないのです。

まとめ

自分の干渉できる範囲外で「あーだ、こーだ」言われたら、「ふーん、へーぇ」ぐらいの軽い気持ちでいることが精神的によいですね。

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